2021年03月14日 /  社員ブログ 

愛車

2月下旬、スズキの鈴木修代表取締役会長が勇退するとの報道が流れたとき、愛車ジムニーに正月以来乗っていないことに気づく。それから2週間、何も状況は変わらず自宅で眠る愛車には黄砂が積もっている。そろそろエンジンくらい掛けないとバッテリー上がりが心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

若い頃よりジムニーへの憧憬があり、「いつかはジムニー」と思っていた。
40歳の頃、初めて中古のジムニーを手に入れた。通称「2代目ジムニー」である。しかし家人の通勤及び業務用途目的で入手したもので、私自身が運転する機会には余り恵まれなかった。
その次に手に入れたのも2代目ジムニーで、これこそは私の趣味のクルマとして購入したものだったが、半年で実質修理不能となり手放して涙した。

ジムニーは1970年に鈴木修の手によって産声を上げた。
若き鈴木修がスズキ東京の社長時代に、ホープ自動車から軽四輪駆動車「ホープスター・ON型4WD」(1967年〈昭和42年〉完成)の製造権を社内の反対を押し切り買い取ったことに端を発する。
ちなみにホープ自動車の創業者である小野定良は香川県三豊郡上高瀬村出身であり、ジムニーのルーツがわが讃岐にあることを密かに誇らしく思っている。
先程、通称「2代目ジムニー」と書いたが、ジムニーは誕生して50年余りの間に3回しかフルモデルチェンジをしていない。

初代 (1970年 – 1981年)
2代目(1981年 – 1998年)
3代目(1998年 – 2018年)
4代目(2018年-)

3代目ジムニーを新車で購入せず、古くて状態の悪い2代目ジムニーを中古で求めたのは私の趣味の問題である。クルマは角ばったフォルムに丸目でマニュアル車が好ましい。残念ながら3代目は私が好むフォルムではなかった。3代目を開発していた当時のスズキの三菱パジェロミニへの過剰な意識が、ジムニーに丸みを帯びさせる結果となってしまったらしい。

愛すべき4代目が新車で納車されたのは3年前のちょうど今時分。

ようやく手に入れたマニュアル車のジムニー。シフトレバーに伝わる振動は新車であるにも関わらず旧車を彷彿とさせる。ラダーフレームにリジットアクスル特有の独特の乗り心地、揺れを楽しむことができる稀有なクルマ。
この世が落ち着いたら、ジムニーで一人旅に出よう。
【 総務部 S・A 】

 

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